2009 10 ≪  11月 123456789101112131415161718192021222324252627282930  ≫ 2009 12
猫短篇
- 2008/12/12(Fri) -
『猫短篇』

暗色の豊かな毛を纏ひし猫、シャムは吾の一丈先にどっぷりと腰を下ろして居る。園内に敷き詰められた黄色い楓は、さだめし彼にとっての天鵞絨絨毯であらうか。吾関せずの姿勢で瞑目する様は、大人物にも劣らぬ大した風格である。時折、薄眼を開けるが、興味なげにまた閉じて仕舞ふ。シャムの右斜め奥、吾とシャムとの距離と同じ間隔を取り、黄色と白色の毛が美しい日本猫、ミカンが椿の枝に隠れるやうに腹を落として座って居る。ミカンは警戒心が強くシャムのように悟り顔をせず、間をあけずに吾の方をこそこそと観察して居る。ミカンはシャムより遅れること数分、園内にのっそりと入って来た遅刻猫なのだが、其の時、門の辺りでうろうろしていた黒猫のクロッカスを「おぉおぉ」と威嚇して、クロッカスを園の端に追いやった、なかなかの不良である。そんなミカンも此のシャムだけには頭が上がらんらしい。シャムに近づかぬやうに迂回して今の位置に座を占めた。シャムのふわふわの楓の絨毯には及ばぬ黄布の上で腹を冷やして居る。今に見ておれといふ野望あるべしと思ふ。
さて、左手に目をやると、丸い小さな繁みの中に灰色と白色の縞の猫、ヤンが座って居る。こちらは文字通り、尻丈を落としたスタイルで座って居る。当然ながら前足は確りと揃へられて居り、仏蘭西料理のフルコースを待つ若者さながらの体である。眼丈は忙しく周囲へと向けられ、何とも落ち着かぬ様子。そんなヤンから離れること二丈、吾の左手後方、公園の入口付近には、三毛猫のミケランジェロと、黒猫姉弟のクレアとクロッカス、いま門から出て行った灰色のヘンリーを入れると四匹が居る。クレアとクロッカスは鼻先を嗅ぎ合ったり、軽く小突いたりして遊び、ミケランジェロは黒い切り株の上に腰掛け、頭だけ動かして吾や公園の外を観察している。少し高い位置から周囲を把握せんとしたるは、なかなかの利口者。頭の動かし方も泰然として居り、冷静な観察力の持ち主であることが伺える。さきほど門外へ出てしまったヘンリーは、みなが揃った公園に、ひとりのっそり入って来て、真直ぐに園内を突っ切り、吾の足下を通る時もだた前だけを一心に見詰めて突っ切り、右手の小山の半ば辺りでごそごそやったあと、また同じルートを突っ切って公園から出ていった変わり者だ。何か独自の研究でもして居るのかも知れん。
猫たちを右から順々に何度も何度も観て居るうちに、吾は少し頭がくらくらして来た。とにかくこう猫ばかりに囲まれておると、なにがなにやらわからなくなってくる。「吾は猫か人間か。猫から見れば吾は猫なのだらうか。猫は自身の姿を把握して居るわけもないから、もしかしたら、猫は吾を同種と見るだらうか。否、もっと視線のみをこの公園空間から抽出してみれば、猫が吾を観察する視線と吾の視線、其処に差異はあるのだらうか。慥かに眼球の構造、色彩感覚の違いはあらうから、映像の差はあるだらうが、視線といふ視る線としてはどうか、その線に差異ありやなしや。光の物理法則が、猫専用の法則にはならんだらうから、観るといふことに己を没入させた場合、吾と猫との生物としての差は何処に。観るとは外へ線を発射することではなく、光や音や匂を受け取る事であるから、受動である限り差は生じぬのではなからうか。では全ての観るは等質か。否、等質ではなからう。観やうとすると観えるものが変化する。それは外への介入ではなく、主体の内側での準備。外は等しく、内はバラバラ。百貨店のラッピングのやうである。ラッピングと中身との関係は、中身の変化によって変わるのか否か。ラッピングの中が空である時と菓子である時の違いは?空は空でも、それが愛や美術を示すものである場合は?この疑問を解く知能は、猫の吾には無いが、思ふに写真を撮るといふことは、無限にある包装紙に何かをラッピングしてもらふ事に似ている。ラッピングする主体は、自然や宇宙、神や命、いや、空っぽと呼んだって好い。空即是色。なんのこっちゃ」抔と、下らぬ妄想に耽って居ると、正面のシャムがおもむろに立ち上がり、ぐううっとのびをしたかと思ふと急に走り出した!見れば門の脇に先程迄は無かった紺色のミニバンが止まって居るではないか。バンからは齢七十位のお爺さんが降りて来た。手には何やら膨らんだ白いビニール袋。みながお爺さんの足元に集まり、体を擦り寄せ乍ら、にゃごにゃご言って居る。爺さんはシャムが座って居った辺り迄歩いて来ると足を止めた。猫たちは一層声高らかに、にゃごにゃご。なぜか何も持っていない吾の足にまで体を擦り付けて、物欲しそうな声を出す間抜けまである。飯に興奮して頭がどうにかなって居るらしい。お爺さんは木の陰に置いてあったプラスチックの器を手に取ると、みなの飯を用意し始めた。どうも四皿に飯を分配して居る様子である。喧嘩が起こらぬやうにとの配慮だらう。猫らの勢力図をこの老人は把握して居るらしい。吾がクレアと名付けた黒猫は、ヒナ。ヘンリーは、シマといふのがこの老人から貰った本名らしい。爺さんが吾の座り居るベンチの下にもたっぷりのツナやドライフードののった皿を置いたので、ミケランジェロ、爺さんからはカエデと呼ばるる、とクレアが吾の尻の下で懸命に飯を食んで居る。吾が上から覗いて居ると、時々、気づいてびくっとする。
此の老人は有名人のやうで、ジョギング中の男性から声をかけられて居る。亦、犬を連れたおばさんが、お爺さんの配膳に合流して来て、今日はあったかいねとか、みんな痩せてないし大丈夫じゃないかとか、お爺さんを手伝い乍らお喋りをして居る。おばさんの白い犬ピエール、本名は解らず、は猫たちとすこぶる仲がよろしい。猫たちもピエールも、自分達が同族であると疑わぬ顔をしてじゃれて居る。
シャムが本名を、シーバといふことが今彼らの会話の中で判明した。シーバはあんまり喰はないなあと、二人が心配さうに話をして居る。吾から見るとシャムのでっぷりとした図体からは、三四日の断食抔、大した弊害にならぬと伺えるのだが、連日猫たちを観て居る老人には気になる所があるのやも知れん。シャムは猫らの中で最高齢であらうから、その点を心配したるか。白色の洋犬ピエールは猫らの食い物には口をつけず、すっと座り、空を睨みつつカラスの来襲を警戒して居る。数分前、カラスに、うううと迫力のある威嚇をみせたピエールに吾は尊敬の念を抱いて居る。弱きを助けし強き者の、凛とした姿、己の食欲嗅覚の誘惑に左右されぬ、品のある姿が美しかった。犬も良いものだと思ふ。
猫たちはお腹が一杯になったものから順に散って行った。みな、ちがう方向へ。のそのそと歩くやつ。たったか跳ねるやうに去るやつ。みな礼も言はずに散ってゆく。
それが猫ってもんだ。 こう書き了へて、吾もベンチを立った。




文体の統一なきを、ご容赦下さり度く。平成二十年十二月十二日、練馬区石神井公園於。水
この記事のURL | Y | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<撓みの裡に在った指先 | メイン | 高円寺駅 北口。十時。(使用フィルムkodakT64)>>
コメント

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://t21415262933.blog23.fc2.com/tb.php/198-9c27b452
| メイン |