この世界に入ったキッカケは、偶然の積み重ねの奇跡。
その興奮が、私に一歩を踏み出させた。
しかし、それはキッカケでしかなく、
私の核に、閉じ込められていた欲望が、
その奇跡を誘発したのだと、今は思っている。
その欲望というのは、「芸術」という抽象的な存在への渇望。
しかしそれは、自己表現への渇望でも無ければ、芸術美の礼賛でもない。
しごく、個人的でノスタルジックな「芸術」観だ。
芸術観などと呼ぶのもおこがましい。
子どもの幼稚な感覚なのだ。
それは、つまり、言葉通り、子ども時代の感覚。
祖父の面影である。
東京芸術大学ピアノ科の名誉教授だった祖父。
おじいちゃんっ子だった私の、祖父への憧れは、小さいときから大きく、
まるで英雄を見るような眼で、祖父の後ろをくっついて回っていた。
たくさんのピアニスト達に慕われていた祖父の姿や、
ピアノを弾くときの異様な空気、自己を律する厳しい姿に、
小さい私はいつも背筋を伸ばさずにはいられない緊張感にかられ、
また、祖父の深くあたたかい眼を、子どもながら畏敬の念をもって、
おそるおそる見返していた日々は、鮮明な記憶だ。
とくに、レッスンの最中の記憶は、ひとつの短編小説の様だ。
碑文谷の祖父の家は、木造2階建てで、2階が広いレッスン室と
なっている。普段は、その二階に上がって、昔のレコードやアルバムなどを
聴いたり眺めたりして遊ぶことが許されているが、
いざ生徒さん(プロのピアニストの方達)が、祖父のレッスンに訪れ、
二人で二階に上がってからは、そこは、開かずの間となる。
階段を上がることすら許されない、とても厳しい決まりである。
二階から聴こえてくるピアノの音。
中断される音律。祖父の叱責。
中断による際限ない繰り返しの音律、そのループが、
前後で微妙な差をもって、反復され続ける。
その奇怪なメロディーと、祖父が何か別の人物になったような
恐ろしさで、一階にいる私の心臓は動きを早め、足が自然に
階段の方へと向く。細い木の階段を見上げれば、遠くに、
小さな扉。いつもなら短かく感じる階段が、その時は、はてしなく
長い階段に見える。そして、上の方に漂う重苦しい色付きの空気と、
上ってくる者をはねつけようとする、ビリビリくる圧力が、下からの一切を
拒絶していた。しかし、私は足を階段に掛ける。一歩、ギィ....一歩、ギィ....
音を立てないようどれだけ慎重に足を掛けても、木は軋み声を上げる。
私は、三歩目が踏み出せず、またゆっくり後ずさりして下の階へ下りていった。
そんなことが、何度かあったなぁ。
そんなことだから、私の感覚としては芸術=祖父であり、祖父=芸術であった。
言葉の上での『芸術』観ではない。芸術に関して、今現在も何かしらの定義のような
ものは、私の中で存在するが、それとは違う階層での芸術だ。
「芸術」を考える時に、祖父との思い出が、常に裏側に潜んでおり、
理屈にならない欠乏感を常に私に与える。
祖父と同じ道を歩まなかった後悔、祖父と比べた自分の醜態を、
どんな痛みより痛く、どんな哀しみより哀しく胸に抱えている。
その後悔や絶望の空洞を、なんとか抗い埋めようとしている。
それが、今の私。
大学卒業間際、この「写真」という選択肢をなんとか拾い、
その道に踏み出せた時、なんと嬉しかったことか。
これでやっと、私も祖父と同じ方向へ歩くことができると、
泣くほど感動した。
運良く、写真を撮る上での内的必然性も備わっており、あとは、
それを突き詰めるのみとなった。
しかし、やはり後悔と絶望の穴はまだまだ大きく、
ピアノとは別の道で、はたしてあそこまでの高みへ至れるかどうか。
写真の技術を高めるのではない。
自分という人間を祖父の位置まで高める。
人間を高め、それにカメラを沿わせよう。
いくら写真が巧くなろうとも、私自身が祖父を超えるような
人間になっていなければ、幾つになっても私の後悔と絶望は消えない。
祖父の眼、見ていた世界を手に入れたい。
同じ眼でファインダー越しの人物を観れた時、
その時にやっと、もう写真を撮らなくていいと呟くのだろう。
これは精神的な話で、
ここからは、もっと具体的な話。
では、私はどういった写真を目指すのか。
植田正治、最近は土門拳に感化されている私だが、
私が目指すのは彼らのような芸術写真家ではない。
もっと商業ベースにのるようなフォトグラファーでいい。
色々な人と出会い、色々な仕事をしたい。
どんどん感化されて、どんどん自分の作風が変わっていって欲しい。
自分の性格は分かっている。そうでないと、無理なのだ。
では、意識すべきは、現在のフォトグラファーで上げると、
坂田栄一郎(毎号のAERAの表紙撮影)や、上田義彦だろうか。
作家性も少なく、名前も売れていて、かつ写真も好きな二人。
CFも撮り、肖像写真も撮り、物も撮り(商品撮影)、花も森も撮り、
家族も撮り、アイドルも撮り、舞踏家も撮り、学術標本も撮りと、
今大活躍中の上田義彦さん。ひとつひとつの写真が綺麗だし、
撮影の姿勢や、「光」の概念も、なかなか興味深く読ませる。
一方、坂田栄一郎さんは、そこまで触手を広げることは無い。
シンプルにバシッと撮る。仕事の質としては、上田さんに比べ、
坂田さんの方が、うらやましい。とても幸福な仕事だと思う。
しかし、肖像写真一本となると、飽きるだろうなとも思う。
物撮りでは、上田さんに負けるし、
人物を白バックで撮るのも、坂田さんに負ける。
というより、もう彼らが今している仕事のクオリティーで、
10年以上は、上をいくものが出てこないと思う。
そこで私が目指し、そして彼らを超えるモノが撮れるとしたら、
それはやはり人物写真だ。そもそも明るいポートレートを私は
撮らないので、その点で、坂田さんとは違う道を極められる。
そして、『ポルトレ』で暗めの肖像写真を撮っている上田さんだが、
これも、まだ撮れる余地が大いにあると観て思った。
プリントの技術は、もう本当に天下一品だと、上田義彦さんの写真を
観て脱帽するが、やはり人間の風貌というものは、奥深いもので、
まだまだ底が知れない。荒木経惟さんや、田沼武能さん、細江英公さん、土門拳さん
なんかの人物写真(植田正治さんは別方向)は、それこそ上田義彦、坂田栄一郎
という人達より、数段巧いと確信できるが、それでも、まだ超える写真を
イメージできる。だから、この分野は私にとってまだ、天井が見えていない、
上にいくことのできる分野だ。
具体的にどうと言えるわけではない。なぜなら、肖像写真は、
相手とのセッションだからだ。私と相手という二人の関係性が、
直接、写真に出るのが肖像写真(ポートレート)。
その関係性において、その短い時間において、相手の「本当」を、
フィルムに焼き付けなくてはならない。フェイクなんてつまらないじゃないか。
人生で最良の写真(自分の姿)だと言って欲しいではないか。
私は、写真を撮るということが、その一枚の中にその一瞬の中に存在した、
その人を定着させるという「死」のイメージは持っていない。
そもそも「写真は、瞬間の芸術である」ということすら、未だに納得いっていない。
私の写真のイメージは、もっと血が通っている。
血が通うという運動があり、そこには時間の幅がある。
「1/60」でシャッターを切れば「1/60」秒間の時間の幅がフィルムに焼き付けられる
わけで、「瞬間」ではないことが、実際にも証明されるが、
私の目指す写真はそんなケチなことは言わない。
「1/60」でシャッターを切って、数分間、数時間、数年の時間、そんな時間軸のたわみを
フィルムに焼き付けてこそ、超一流だと言えないだろうか。
< 狂に遊び、異空間から鬼の手で掴み撮る >
それで、あの高みへと行ける。(かもしれない。)