久々の再開です。
想うことを、少しずつ。
思想の変遷が、一つの価値だろう。
変遷の中の、「小さな完成」。
その完成への道程。
完成させようとする営みが、芸術と呼びうるものだろうと、
最近、ピンときている。
「完成した思想」、「完成した作品」に、
芸術性なるものは、内包されてはいない。
作り手は常に不満足感をかかえ、
創作の快感は「完成しつつある」処に存在する。
どんないい写真を撮ろうとも、
どんな創作概念を確信しようとも、
私の満足は、粉雪のようなもの。はかなく消える。
私の思想は!私の創作は!
常に八双飛び!
その飛翔のさなかで、私は感動し、生き続けようと、上を向く。

『部分』を、意識するなんて、ちっこい写真家は、ヤメだ。
概念は、夜中のマスカキのようなもので、写真の現場にまで持ち込むような
代物ではない。写真をやる現場に於いては、ファインダーの向こう側の人物にさえ、
全神経を集中させてりゃいい。それだけでいい。。絞りなんて気にすんな。
カメラを消さなきゃ、上がった写真に、人と人の『関係性』が生まれない。
写真は常にセッションだと想うべきだろう。撮り手と、撮られる相手とは、
二人で一つの写真を仕上げてる。
と、2007年1月18日の夜は、そう思うんだ。